昨日の朝も、門の前で止まりました。
無言で、動かない。
自分の気持ちと葛藤していたのだと思います。
はなです。連日、見守りボランティアの方々に助けていただいています。
門の前で止まる息子
学校が始まってから、毎朝の登校が一苦労です。
家では「行きたくない」と布団から出てこない。やっと準備しても、学校が近づくにつれて足が遅くなる。そして門の前でピタッと止まってしまう。
無言で立ち尽くす息子の背中を見ながら、ままとしてどうしたらいいのか毎日考えています。
ボランティアさんの声かけ
そこに救いの手を差し伸べてくれるのが、見守りボランティアの方々です。
昨日も門の前で止まってしまった息子に、ボランティアの方が自然に話しかけてくれました。
ゆっくりと、息子のペースに合わせて。少しずつ前に進めるように。
私には「帰っていいよ」と声をかけてくださいました。
涙が止まらなかった
帰り道、涙が出ました。
毎日問題を起こし、先生にも近所にも迷惑をかけ続けている息子。
そんな息子を、地域の方が温かく見守ってくれている。
「あなたの息子さんは大丈夫」と言ってもらえているような気がして。
地域の温かさに支えられて
親だけで子育てをしているわけではないんだと、改めて感じます。
先生、ボランティアの方々、地域のみなさん。
たくさんの人に支えてもらいながら、息子は少しずつ学校に向かっています。
本当にありがとうございます。
ボランティアさんに声をかけてもらった日のこと
あの日のことを詳しく書いておきたいと思います。
息子と私が門に着いたのは、登校時間の最後のほうでした。すでにほとんどの子が入っていて、門の前はがらんとしていた。
息子は門の柱に手をついたまま、一歩も動かない。私が「行こうよ」と声をかけても首を横に振る。押しても引いても動かない時間が続いていました。
そこにボランティアのおじいさんが来て、息子の横にしゃがみ込んで言ったんです。「今日も来てくれたんだね。えらいね」って。
それだけ。
入ろうとか、がんばれとか、そういうことは何も言わない。ただ「来てくれた」ことを認めてくれた。
息子がちょっとだけ顔を上げて、おじいさんを見ました。そのまま少しずつ足が動き始めて、ゆっくり中に入っていきました。
ままには難しいこと
息子が動き出した瞬間、私はおじいさんに「ありがとうございます」と言って、来た道を戻りました。
歩き出してから、泣きました。
ままの私が同じ言葉をかけても、あんなふうには動かなかったと思う。親だとどうしても「早く」「ちゃんと」という気持ちが混じってしまう。焦りが顔に出てしまう。
ボランティアのおじいさんには、そういう焦りがない。ただ子どもの存在を丸ごと受け止める余裕がある。
ありがたいと思うと同時に、私もそんなふうに息子に接したいと思いました。
「村で子どもを育てる」という感覚
よく「子どもは村全体で育てるもの」という言葉を聞きますが、それを実感したのはこの経験からです。
親だけじゃ限界があります。先生だけでも足りない。地域のいろんな大人が関わってくれることで、子どもは育っていくんだと思います。
見守りボランティアの方々は、毎朝たくさんの子どもたちに声をかけながら立っています。雨の日も、寒い日も。
その存在がどれだけ助かっているか、言葉では表し切れません。
感謝を伝える方法
ボランティアの方々への感謝、どう伝えたらいいか悩みます。
毎朝「ありがとうございます」と言っているけれど、それだけで足りる気がしない。
学校を通じてお礼の手紙を書いたこともあります。直接「うちの子がいつもお世話になっています」と声をかけることもあります。
それでも、毎日の積み重ねにはかなわない気がして。
だからせめて、こうして言葉にしておこうと思います。本当にありがとうございます。息子のことを、温かく見守っていただいていることが、ままの私の力になっています。
子育ては孤独じゃないと気づかせてくれた、地域のみなさんへ。今日もありがとうございます。
はなより