玄関のドア、開けた瞬間でした。
「先生に怒られてん」
はなです。こんにちは。夕方5時にダイレクトアタックを受けました。
ランドセルより先に来る報告
靴も脱いでない状態で、ドアを開けながら言うんですよ。
「先生に怒られてん」
ただいまは?
「ただいまは一体どこへ行ったん?」ってなりましたが、そんなこと言える雰囲気じゃなかった。
息子はランドセルを廊下にどさっと置いて、水道で手を洗いながらもう一度言いました。「怒られてんー」って。なぜかちょっと自慢げに聞こえるのは気のせいでしょうか。怒られたことを報告してくる息子の顔、なんとなく誇らしげなんですよ。複雑すぎる。
とりあえず聞いてみた
「なにしたん?」
「授業中に立ってたら怒られた」
…授業中に立ってたんかい。
「なんで立ってたの」
「座ってたらなんか嫌やった」
なんか嫌やった。
そのフレーズで全部を片付けないでほしい。でも息子にとってはそれが全てなんだろうな。「座り続けることがしんどかった」を言語化すると「なんか嫌やった」になる。それがこの子なりの精一杯の説明で、そこには嘘がない。
うーん。怒りたい気持ちがあるのに、そこを責めきれない自分もいる。
先生からの連絡帳
今日の連絡帳を確認したら、ちゃんと書いてありました。
「授業中に席を立ってしまうことがありました。声かけをしていますが、ご家庭でもお話しいただけると助かります」
ていねい。めちゃくちゃていねいな文面。でも内容は「またやりました」です。
先生のこの連絡帳の文章を読むたびに、頭が下がります。「またやりました」を「声かけをしています」という表現で包んでくれている。責めるのではなく、一緒に解決しようとしてくれている。
本当に、先生に感謝しています。と同時に、申し訳なさもある。
「うちの子がご迷惑を……」という気持ちと、「でも息子だって頑張ってる」という気持ちが、毎回混ざり合います。
怒るべきか、受け止めるべきか
正直なところ、毎回迷います。
「授業中は座っていなさい」と怒ったほうがいいのか。
でも息子にとって「座り続けること」が本当に大変なのも知っている。
ただ怒っても、なかなか変わらない。それも知っている。
多動の子の「立ち歩き」は、本人がわざとやっているわけじゃないことが多い、と読んだことがあります。体が動きたがっていて、じっとしていることにものすごくエネルギーがかかる。それでもなんとか座ろうとしているけれど、限界がきたときに立ってしまう。
怒ることで「悪いことだ」という認識は持てても、「じゃあじっとしよう」にはなかなかつながらないんだとか。むしろ「怒られた」という強いストレスが、さらに落ち着けない原因になることもあるらしい。
だからといって「怒らなくていい」かというと、そういうわけでもない。社会のルールとして「授業中は座る」を伝えることは必要だから。
どこまで叱って、どこから支えるか。この見極めが、毎回難しいんです。
今日の対応
「先生に怒られたの、恥ずかしかった?」と聞いてみたら、
「…ちょっとだけ」
と言いました。
そっか、恥ずかしかったか。それだけで少し、伝わったかなと思った。
「明日は頑張ってみて」とだけ言いました。
「授業中は座れ」じゃなくて「頑張ってみて」にしたのは、本人なりに頑張っていることをわかっているから。「もっと頑張れ」じゃなくて「頑張れてるよ、もう少し続けて」という意味を込めてみました。伝わってるかはわからないけど。
「うん」って言ったので、たぶん大丈夫。たぶん。
ままのメンタル
夕方5時の「先生に怒られてん」で、今日の残りのエネルギーがだいぶ持っていかれました。
でもまあ、元気に帰ってきてるから、いいか。
「先生に怒られた」ことを報告してくれるということは、ちゃんとわたしを信頼してくれているということでもある。怒られたことをひとりで抱え込まず、「今日こんなことあったで」と言えている。
そう思ったら、少し救われました。
怒られた話を自分からしてくる子って、意外と少ないらしくて。隠す子の方が多いのかもしれない。息子がこうして話してくれることを、「報告しやすい関係を保てている」と前向きに受け取っています。
全力でポジティブに変換しないとやってられない、というのもあるんですが。
それが最終的な結論です。毎日。
「怒られた」を話せる関係でいること
こういう話を書くたびに、「うちの子がまたやらかした」という気持ちと、「でもちゃんと話してくれた」という気持ちが同時にやってきます。
先生に怒られたことを、帰るなり話してくる子って、実は多くないらしい。「怒られたことがバレたくない」「ままも怒るから言いたくない」という子のほうが多いんだとか。
そう考えると、息子が玄関でドアを開けた瞬間に「先生に怒られてん」と言ってくれることは、すごくありがたいことなのかもしれない。
「話したら怒られる」じゃなくて、「話していい」と思ってくれている。
わたしが毎回ため息をついたり、「またか」と思いながら話を聞いていても、息子はちゃんと話しかけてきてくれる。そのことをもっと大切にしなきゃいけないなと、改めて思います。
「怒られたの、恥ずかしかったな。でも話してくれてよかった」
そう言えるままでいることが、この子との関係で一番大事なことかもしれない。
毎日がんばっています。
はなより