息子を探すのに必死で、最初はあまり気に留めていませんでした。

はなです。


すれ違いざまに気づいた

大雨の中、必死で息子の名前を呼びながら歩いていたとき。

向こうから歩いてくる二人組が目に入りました。

女の子と男の子が、手を繋いで歩いていました。

「あ、仲良しなんだな」と思いながらふと顔を見ると……。

あの子でした。

先日、息子と一緒に手を繋いで帰ってきた、あの女の子。

雨の中でも傘をしっかり持って、隣の男の子とぴったりくっついて歩いていました。楽しそうに何か話しながら。


なんとも言えない気持ちになった

息子を探すことで頭がいっぱいなのに、なぜか足が少し止まりました。

あの子は、誰とでもこういうことができるのかな。

息子と手を繋いで帰ってきたときも、特別なことじゃなかったのかな。

親のわたしが勝手にドキドキしていただけで。

なんとなく、胸の中がすうっと寂しくなりました。

「息子の初めての女友達」みたいに思っていたのはわたしだけで、あの子にとってはクラスのいろんな子と仲良くできる、ただそういう子なのかもしれない。

それでいいんだけど。それでいいのに。なぜかちょっとだけ、寂しかった。

親バカすぎて自分でも引くレベルですが、正直に書いておきます。


帰って息子に聞いてみた

息子が保健室から戻ってきてから、さりげなく聞いてみました。

「今日、○○ちゃんと一緒に帰らなかったの?」

息子は少し間を置いて、言いました。

「帰る準備に時間かかってたから。あの男の子はおれの友達やから大丈夫」


この子は、気づいてたんだ

お漏らしをしたことを、言いたくなかったんだと思います。

なぜ一緒に帰れなかったか、本当のことを言えなかった。

でも女の子のことは、ちゃんと気にかけていた。

だから「おれの友達だから大丈夫」と、かばった。

小1の男の子が、精一杯の言葉でかばった。

自分がお漏らしをして保健室で着替えていたことは隠したい。でも「なんで一緒に帰らなかったのか」は説明したい。その二つを両立させようとした結果が「帰る準備に時間かかってたから」だったんだと思います。

嘘はついていない。ただ全部は言っていない。

そのギリギリのラインを、小1の子が自分なりに探しながら答えを出した。

それが……なんか、すごく切なかった。


せつない

怒る話じゃない。

誰も悪くない。

ただただ、せつない。

お漏らしを隠したくて、でも女の子のことも心配で、自分なりに精一杯取り繕った息子の横顔を見ていたら、何も言えなくなりました。

「あの男の子はおれの友達やから大丈夫」

この言葉、本当は「あの男の子と一緒に帰ってくれたから大丈夫」という意味だったのかもしれない。女の子が一人じゃなかったことを確認していた。そう気づいたときに、余計に胸がきゅっとなりました。

お漏らしで恥ずかしかったのに、それでも女の子のことを気にしていた。


息子にとっての「かっこいい」

この年齢の子どもって、「かっこよくいたい」という気持ちがあるんですよね。

特に男の子は、好きな子や仲良い子の前で「弱いところ」を見せたくない気持ちが出てくると言います。お漏らしをしたことを隠したのも、そういう気持ちの一端があったのかもしれない。

それが6歳で芽生えているんだな、と思ったら、子どもの成長って本当に早いな、と感じます。

つい最近まで「おしっこー!」って大声で言ってた子が、今は隠そうとしている。その変化が、かわいくもあり、せつなくもある。


これも経験

「若気の至り」というには早すぎる年齢だけど、こういう気持ちをこれからたくさん経験していくんだろうな、と思いました。

傷ついて、かばって、寂しくなって。

それを繰り返しながら、少しずつ大きくなっていく。

女の子が別の子と手を繋いでいた、というこの場面も、いつかふと「そういえばあのとき……」と思い出すことがあるかもしれない。それくらい、小さいけどリアルな体験です。

それでいいんだよ、と思いながら、その夜はそっとしておきました。

息子はすでにゲームをやって、ご飯を食べて、お風呂に入って、けろっとしていました。

立ち直り、早い。本当に早い。

でも親のわたしだけが、少しだけ長く引きずっていたような気がします。


子どもの「せつない」を横で見ていること

子育てをしていると、「代わってあげたい」という気持ちになることがあります。

恥ずかしかったこと、寂しかったこと、うまくいかなかったこと。全部わたしが引き受けてあげたいと思うけど、それは絶対にできない。

子どもの経験は、子ども自身のものだから。

あの女の子が別の男の子と手を繋いでいたのを見て、息子が何を感じたのか、わたしには正確にはわからない。保健室でお漏らしをして、一緒に帰れなかったことをどう思っていたのかも。

でも「おれの友達やから大丈夫」という一言に、6歳の男の子なりの誇りと優しさと照れくさがあって。それをわたしは横で見ていることしかできない。

それでいいんだ、と思います。

子どもの「せつない」に寄り添いながら、でも全部抱えてあげようとはしない。ちゃんと自分で経験して、自分で乗り越えていく。それを信じて、隣にいること。

それがわたしにできる、一番の子育てなのかもしれないな、と最近思っています。

はなより