正直に言います。
育てにくい子のままって、消耗が半端じゃない。
毎日謝って、毎日対応して、毎日ヘトヘトになって、気づいたら「わたしって何のために……」ってなること、ありませんか。
わたしはあります。何度もあります。
「自分のことは後でいい」が続いた
息子の問題行動に振り回されていた最初の頃、自分のことは全部後回しにしていました。
趣味?寝れれば十分。友達に連絡?そんな余裕ない。ゆっくりコーヒー飲む?飲んでるうちに何か起きる。
「子どもが落ち着いてから」「もう少し大きくなったら」——そう言い続けて、気づいたらわたしのコップがからっぽになっていました。
からっぽのコップでは、子どもに何も注げない。
「5分の自分時間」から始めた
大げさな「趣味の時間」じゃなくていい、と気づいてから変わりました。
子どもが寝た後の5分、好きなものを飲みながらボーッとする時間。それだけを「わたしの時間」として守るようにしました。
スマホも見ない、次の日のことも考えない、ただボーッとする5分。
最初はなんか落ち着かなかったけど、続けるうちに「この時間があるから明日もやれる」と思えるようになりました。
わたしが「自分時間」にやっていること
特別なことじゃないです。
- 好きな飲み物をゆっくり飲む
- 好きな音楽を流す(ちょっと大音量で)
- ドラマを1話見る
- 育児と関係ない本を読む
どれも30分以内。でも「自分のためだけの時間」と決めると、質がまったく違います。
誰かに助けを求めることも「自分を守ること」
自分時間の話と少し違うけど、「頼ること」もわたしの中で変わりました。
最初は全部ひとりで抱えようとしていた。誰かに相談するのも「こんなことで……」と思ってしまって。
でも担任の先生に「毎日大変で……」と正直に話したとき、「わかりますよ、一緒に考えましょう」と言ってもらえて、泣きそうになりました。
ひとりで頑張りすぎない。これも、子どもを守ることにつながると思っています。
まとめ
育てにくい子のままは、自分を後回しにしがちです。
でも、ままが笑っているほうが、子どもはちゃんと伝わってる。そう感じる場面が増えてきました。
まず5分だけ、自分のために使ってみてください。小さな「自分を大切にする」積み重ねが、きっと毎日の助けになります。
「消耗」を可視化することで気づいた
ある時期、自分がどれだけ消耗しているかを意識してみたことがあります。
朝起きた瞬間から「今日は何が起きるだろう」という不安がある。息子の登校を見届けるまでは気が抜けない。仕事中も電話が来るかと思ってそわそわする。帰宅後は息子の状態を読みながら慎重に対応する。夜は今日あったことを振り返って、また心配する。
書き出してみると、「これは疲れて当然だ」とわかりました。
自分を責める前に、「これだけのことをやっている自分はすごい」と認めることが大事だと気づいた瞬間でした。
ままが笑える日を作ること
「自分時間」を意識的に取るようになってから、変化を感じています。
余裕があるときの私と、ギリギリのときの私では、息子への接し方がまったく違う。
余裕があるときは「まあいいか」と流せることが、ギリギリのときは大爆発する。それが息子にも伝わって、悪循環になっていた。
5分のボーッとする時間、ドラマを1話見る時間、それだけでコップが少し満たされる。満たされた状態で息子に向き合えると、お互いにとっていい時間になる。
ままが笑っていることが、子どもへの一番の贈り物だと、今は本気でそう思っています。
「完璧なまま」じゃなくていい
育てにくい子のままは、「完璧にしなきゃ」と思いすぎる傾向がある気がします。
完璧に対応しなきゃ、完璧に謝らなきゃ、完璧に先生と連携しなきゃ——そのプレッシャーが、さらに消耗を生んでいる。
でも完璧じゃなくていい。今日できたことで十分。今日息子が学校に行ったなら、それで十分。今日先生に「ありがとうございます」と言えたなら、それで十分。
小さな「十分」を積み重ねながら、一日一日やっていく。そのための自分時間です。
同じように消耗しているままさんへ。まず今夜5分だけ、自分のためだけの時間を作ってみてください。
はなより