連絡帳に一行、書いてありました。

「本日、給食をほとんど食べられませんでした」

はなです。


お迎えで気づいた

学校に迎えに行ったとき、先生から声をかけられました。

「今日、給食があまり食べられなかったみたいで……」

おだやかな表情の先生。でも目が「お家でも確認してあげてください」と言っていた。

先生の「……みたいで」という遠慮がちな表現が、なんとなく胸に刺さりました。きっと息子を責めない言い方を選んでくれたんだと思う。

「ありがとうございます、家でも話してみます」と返しながら、わたしの頭の中はすでに「なんで食べなかったんだろう」でいっぱいになっていました。


家で聞いてみた

「給食、食べへんかったん?」

「…うん」

「なんで?おなかすいてなかったの?」

しばらく黙った後、息子がぼそっと言いました。

「…となりの子が、ちょっとうるさかったから」


これ、怒れない

わたし、怒ろうとしてたんです。

「食べへんかったらあかんやん!」ってちゃんと言うつもりだった。

でも「となりの子がうるさかったから」って聞いたら、なんか……ぜんぶの言葉が引っ込んでいきました。

となりの子がうるさかったから、食べられなかった。

大人でも、騒がしい場所でご飯を食べるのが苦手な人っていますよね。音や声が気になって、食に集中できない。それが子どもならなおさら、給食の時間ってけっこうしんどい環境になることもある。

多動傾向がある子は、実は「感覚の敏感さ」も一緒に持っていることが多いと聞きます。音・におい・触感など、ある刺激に対して人より強く反応してしまう。授業中にじっとしていられないのと、うるさい中でごはんが食べられないのは、もしかすると同じ根っこにあるのかもしれない。

そう思ったら、「食べなかった」を責める気持ちが、すっと消えていきました。


息子なりに、頑張ってた

多分、息子はうるさい環境の中で、食べることに集中できなかった。

それだけで、精一杯だったんだと思う。

怒ったところで、どうにもならない理由だった。

「そっかー、大変やったね」

それだけ言って、その日は終わりにしました。

本当はもっといろんなことを聞きたかった。「何がうるさかった?」「先生には言えた?」「次はどうする?」って。でも今日は、それよりも「わかったよ」という気持ちを伝えることのほうが大事な気がして。

聞くのをぐっとこらえました。聞きたい親心、今日は我慢。


給食の時間って、子どもには意外とハードル高い

調べてみると、小1の「給食食べられない問題」ってけっこうあるみたいで。

苦手な食べ物が出た、食べる時間が足りなかった、隣の席の子が気になった、先生に声をかけられて緊張した…などなど、理由は様々。

特に入学したての時期は、食べること以外にも「覚えなきゃいけないこと」「緊張すること」がたくさんあって、給食にエネルギーを使えない子も多いんだとか。

先生も連絡帳に書いてくださったし、声もかけてくださった。ちゃんと見てくれていたんだなあ、と思うと、なんかほっとしました。


夕ごはんはもりもり食べました

帰ってきてから「お腹すいたー」と言ってた分、夕ごはんはいつもより食べました。

お腹が空いてたのは本当だったんだな、と。

完食した息子の顔を見ながら、「そうか、ちゃんと食べたかったんだな」と思いました。食べたかったけど、食べられない環境だっただけ。それだけのこと。

明日は食べられるといいね、となりの席がうるさくなかったら。

もし何度も続くようなら、先生に「席を少し変えてもらえますか」とお願いするのも手かな、とも考え中です。まずは様子をもう少し見て。

子育てって、どこまでが「見守る」でどこからが「動く」なのか、毎回悩みます。そのバランスがわからなくて、今日もモヤモヤしながら眠りにつきました。


「なんとなく食べられない」を受け止めること

今回の一件で、わたし自身がちょっと変わったなと思うことがあります。

以前のわたしなら「給食を残した」と聞いたら、まず「なんで食べへんかったん」と責める方向で考えていたと思う。「ちゃんと食べなさい」と言っていたと思う。

でもこの頃は、まず「なんで食べられなかったか」を聞くようになりました。

理由を聞いた上で、「それなら仕方ないね」か「でもちょっとだけ頑張ってみようか」かを判断する。怒るのは最後の手段。

子どもにとって「なぜできなかったか」を話せる親でいることが、長い目で見て大事なんじゃないかと思っています。話せる相手がいれば、もう少し踏ん張れることもあるから。

となりの子がうるさかった、それだけで食べられなかった息子の話を、「そっか大変やったね」と言える自分でいたい。

毎回うまくいくかはわかりませんが、それを目指しているわたしです。


給食のこと、先生に相談してみた

翌日、先生にこっそり聞いてみました。

「息子の席、音が気になりやすい場所にありますか?」と。

先生は「そうですね、少しにぎやかな子のそばなので……」と言いながら、「少し席を工夫してみます」とおっしゃってくれました。

正直、「大げさかな」と思いながら聞いたので、すんなり受け入れてもらえてほっとしました。

子どもの「なんとなく食べられなかった」は、大人には伝わりにくいけど、ちゃんと理由がある。それを先生と共有できたことで、少し前に進んだ気がします。

学校と家でちゃんとコミュニケーションが取れていること、それが何より大事だと改めて感じました。

「もし何かあったらまた教えてください」と言ってくれた先生の言葉に、わたしがどれだけ救われているか。先生って本当にすごい仕事だと思います。

はなより