子育てをしていると、なんてことない一日の中に、ふいに「宝物みたいな瞬間」が訪れることがあります。

昨日が、まさにそんな日でした。

今まで一緒に帰ったことのない子と

昨日、息子が——今まで一度も一緒に帰ったことのないお友達と、並んで帰ってきたんです。

これ、私にとってはすごく意外な光景でした。

トラブル続きだった息子。「お友達と関われるのかな」「嫌われてないかな」と、ずっと心配してきました。それが、これまで接点のなかった子と、ごく自然に一緒に帰ってきている。それだけで、もう胸がいっぱいになりました。

お迎えに行って、遠くから歩いてくる息子の姿を見つけたとき、「あれ、あの子とは初めてじゃない?」と、一瞬わが目を疑いました。いつもの見慣れた顔ぶれとは違う。でも、二人はまるで前からの仲良しみたいに、肩を並べて歩いてくるんです。

走って、笑って、話して

しかも、ただ黙々と歩いているんじゃないんです。

息子はそのお友達と、いろんな話をしながら、歩いたり、走ったり。楽しそうに笑い合っていました。

途中で追いついてきた別のお友達にも、自分から声をかけて、冗談を言い合って。何人かで、わいわいと。

その輪の中に、息子がちゃんといる。しかも、笑っている。……ずっと見ていたい光景でした。

うちの息子は、じっとしているのが苦手で、エネルギーがあり余っているタイプ。それがこれまでは「落ち着きがない」とマイナスに見られがちでした。でも下校中のこの姿を見ていると、その元気さが、お友達と一緒に走り回る"楽しさ"として、ちゃんとプラスに働いている。同じ性質でも、居場所さえ合えば、こんなに輝くんだなと思いました。

「入れて」と言えずに固まっていた頃を思うと、自分から声をかけて、輪の中心で笑っている姿は、別人のようでした。特別なことは何もない、ただの下校風景。でも、その"ただの風景"の中に息子がいることが、私にはたまらなく嬉しかったんです。

女の子に「危ないよ」と声をかける息子

なかでも、いちばん驚いたのがこれです。

一緒にいた女の子に、息子が**「危ないよ」と優しく声をかけていた**んです。

思わず、目を疑いました。だって、ついこの前まで「お友達の体を触っちゃだめ」「手を出さないで」と繰り返し伝えていた息子ですよ。その息子が、お友達を気づかって、優しい言葉をかけている。

相手を思いやる気持ちが、ちゃんと育っていたんだ——。そう思うと、じんわり涙が出そうになりました。

しかも、その「危ないよ」は、大人に言わされたセリフじゃない。息子が自分で、その場の状況を見て、とっさに口にした言葉です。誰かを思いやるって、心に余裕がないとできないこと。トラブルばかりで自分のことで精一杯だった息子に、その余裕が生まれてきている。それが何より嬉しい変化でした。

家に帰ってからも、ごきげんだった

家に着いてからも、息子はどこかごきげんでした。「今日、○○くんと帰ってきた!」と、うれしそうに報告してくれて。

その表情を見て、「あぁ、この子も、お友達と過ごす時間が楽しいんだな」と、当たり前のことに改めて気づかされました。トラブルの報告ばかり受けていると、つい忘れそうになるけれど、息子だって本当は、みんなと仲良くしたいし、楽しく過ごしたいんですよね。

私はすかさず、たくさん褒めました。「お友達に優しくできたんだね」「一緒に帰れて楽しかったね」って。息子は照れながらも、満更でもない顔をしていました。

「またあの子と帰れるといいね」と言うと、「うん!」と元気な返事。その一言に、これからへの小さな希望が見えた気がしました。お友達の名前を、うれしそうに口にする息子。少し前までは、お友達の話といえばトラブルの報告ばかりだったのに。楽しかった話を、こんなふうに聞ける日が来るなんて。台所で夕飯の支度をしながら、こっそり涙をぬぐいました。

これが、この年代の子の「普通」なんだ

その姿を見ていて、しみじみ思ったことがあります。

本来、この年代の子どもって、こんなふうに無邪気にお話ししたり、お友達と仲良く笑い合いながら遊んだりするものなんですよね。

分かってはいたけれど、わが家にとっては、その「普通」がずっと遠くにあるものでした。毎日のように学校から電話が来て、謝ってばかりで。「うちの子は、みんなと同じようには過ごせないのかもしれない」と、心のどこかで思っていた時期もありました。

だから、昨日の「普通に友達と笑って帰る」という光景が、私には奇跡みたいに見えたんです。息子にも、ちゃんとこんなことができるんだ。その事実に、心から感動しました。

他のお母さんにとっては、きっと当たり前すぎて気にも留めない光景かもしれません。子どもが友達と笑って帰ってくる、ただそれだけのこと。でも、その"当たり前"が、どれだけありがたいものか。手のかかる子を育てていると、痛いほど分かるんですよね。「普通」って、実はすごいことなんだと、息子が教えてくれました。

ずっと、この調子でいてくれたら

もちろん、子育ては一直線ではありません。実は少し前にも、お友達とトラブルになってしまったばかり。良い日もあれば、しんどい日もある。それが、わが家の現実です。

これまで、良い日の翌日に落ち込むことも、何度もありました。だからこそ、昨日みたいな日は、期待しすぎず、でも宝物のように大切に胸にしまっておきたいんです。「次もきっと大丈夫」と気負うのではなく、「昨日はこんな素敵な日だったね」と、その一日だけを丸ごと味わう。それくらいがちょうどいいのかな、と思っています。

「ずっと、この調子でいてくれたらいいな」。そう願わずにはいられません。でも、たとえまた明日つまずいたとしても、「あの子は、友達と笑い合える子なんだ」という事実は、もう消えない。それは私にとって、大きな支えになりました。

おわりに

トラブルの報告に胸を痛める日もあるけれど、こうして、成長した姿を見せてくれる日もある。

子育てって、そういうものなんですよね。しんどい日ばかりに気を取られていると、こういう小さな奇跡を見逃してしまいそうになる。だから私は、こういう瞬間こそ、しっかり目に焼き付けておこうと思います。

スマホで写真を撮るのもいいけれど、こういう何気ない瞬間は、写真より心のアルバムに残るもの。あの日の夕方の光、笑い声、走っていく小さな背中。きっと何年経っても、私はこの日のことを覚えていると思います。

同じように、わが子のお友達関係に不安を抱えているお母さん、お父さん。今がどんなに大変でも、ある日ふいに、こんなうれしい光景を見せてくれる日が来るかもしれません。その日は、忘れた頃に、ふいにやってきます。そしてその一日が、これまでの大変だった日々を、そっと報われた気持ちに変えてくれる。だから、今がつらくても、どうか希望だけは手放さないでほしいなと思います。その日を信じて、一緒に見守っていきましょうね。

昨日の帰り道の、あの笑い声を思い出すたび、私はまた頑張れそうです。

はなより