遠足が終わってからも、わが家は相変わらず毎日、私が学校まで送り迎えをしています。

朝は校門まで見送って、放課後はまたお迎えに。働きながらの送り迎えは、正直しんどい日もあります。でも、息子の様子を毎日この目で見られる安心感もあって、なんだかんだ続けているんです。

「これ、いつまで続くんやろ…」と思う朝もあります。でも最近、その送り迎えに、ちょっとした"うれしい変化"が起きたんです。

遠足で顔を覚えてもらえた

どうやら遠足のとき、たくさんのお友達に私の顔を覚えてもらえたみたいで。

朝、校門の前で息子を見送っていると、すれ違う子たちが口々に「お母さん、バイバーイ!」と手を振ってくれるようになったんです。

これ、地味だけど、めちゃくちゃうれしい。

うちの息子は入学してからずっと「トラブルを起こす子」として見られがちで、お友達との関係が心配で心配で仕方なかったんです。「嫌われてないかな」「ひとりぼっちじゃないかな」って、夜にふと考えてしまう日もありました。

だから「お母さんバイバイ」のたった一言でも、「あ、息子、ちゃんとこの輪の中にいるんだ」と思えて、胸がじんとしました。それだけでも、毎日送り迎えしてるメリット、あるかな、なんて。

「今日一緒に帰っていい?」に泣きそう

しかも、変化はそれだけじゃありませんでした。

「今日、〇〇くんと一緒に帰っていい?」と声をかけてくれるお友達まで出てきたんです。

放課後、息子の隣に当たり前みたいに並んでくれる子がいる。その光景を見ただけで、私はもう胸がいっぱいでした。

さらにある日は、こんなことも。

「僕、〇〇くんとはクラス違うけど、お友達やねん」

わざわざそう言いに来てくれた子がいて……もう、私のほうが泣きそうでした。クラスが違っても「友達だ」と言ってくれる子がいる。息子の世界が、少しずつ広がってる。入学からの2ヶ月、いろいろあったけど、ちゃんと前に進んでるんだ——そう思えました。

「すごくいい流れやなぁ」

そう思っていた、まさにその矢先のことでした。

検診の列で起きた「首絞め事件」

遠足で同じグループだったお友達と、トラブルが起きてしまったんです。

場所は、検診で並んでいるとき。

息子としては、お友達と肩を組んで、じゃれて遊んでいる"つもり"でした。男の子って、すぐくっついたり、ふざけ合ったりしますよね。本人は、ただ遊んでいただけ。

ところが、それを近くで見ていた先生が「首を絞めている」と思ってしまったんです。

「首なんかしたらダメでしょ!」

息子は、すごく強く怒られたそうです。

その日の夕方、いつものように帰ってきた息子の口から、ぽつぽつと事情を聞いて、私は思わず天をあおぎました。「あぁ……またか」と。

……いや、わかるんです。先生からしたら、危ない場面に見えたんだと思う。とっさに止めてくれたのは、ありがたいことでもある。でもね。

「なんで首絞めたん?」と聞かれても

遊んでいるつもりの息子に「なんで首を絞めたん?」と聞いても、答えようがないんですよね。

だって、本人の中では"絞めて"いない。“遊んで"いるんだから。

「わからない」

息子は、そう答えるしかなかったそうです。そりゃそうだ。遊んでたんだもん。むしろ「なんで怒られたのかわからない」という顔をしていたと思います。

周りの大人の声かけひとつで、ただのじゃれ合いが「大問題」になってしまう。これが、本当に難しいところなんです。

納得いかない、でも自業自得でもある

その先生は、息子のことを「なんとかしてあげよう」と思ってくれているのは、わかっています。日々向き合ってくれていることには、感謝しかありません。

でも同時に、息子のことを「トラブルを起こす子」という目で見ている。だから、ただのじゃれ合いも「また何かやらかした」というふうに映ってしまうんだと思います。

そういう目で見られてしまう息子も、これまでの積み重ねがあるから、ある意味"自業自得”。それは私もわかってる。わかっているんです。

……でも、親としては、やっぱりちょっと納得いかない。「遊んでただけなのに」という思いが、どうしても残ってしまうんです。

しかも困ったことに、相手の子も、先生が「首を絞めてた」と騒いだものだから、家に帰って親御さんに「〇〇くんに首を絞められた」と伝えたみたいで。

うわぁ……と、頭を抱えました。本人たちは遊んでただけなのに、大人が騒いだことで、話がどんどん"事件"として一人歩きしていく。この「伝言ゲーム」の怖さよ……。

「体を触らない」が、なかなか伝わらない

「お友達の体を勝手に触らへんよ」

これ、もう何度も何度も伝えてきました。でも、なかなか分かってもらえない。

息子に悪気はないんです。むしろ「仲良くしたい」「一緒に遊びたい」という気持ちのあらわれ。だからこそ、難しい。叱るだけでは、たぶん根っこは変わらないんですよね。

今回の件で、私はあらためて感じました。

男の子の遊びって、エスカレートすると本当に怪我につながる。だから最終的には、本人が「あ、これ以上はやめとこ」と自分でブレーキをかける力を身につけないと、根っこは解決しないんやなと。

親が「ダメ」と言い続けるだけでも、先生が止めるだけでもダメ。息子自身が、自分の中に"止める力"を育てていくしかない。それは時間がかかることだし、明日いきなりできるようにはならない。でも、お友達が増えてきた今だからこそ、ここを乗り越えてほしい。

それでも、伝え続ける

正直、「また同じことを言うのか」と、私自身がくじけそうになる日もあります。何度伝えても響いていないように見えると、ため息も出ます。

でも、子どもって、すぐには変わらなくても、ある日ふっと「あ、わかった」という瞬間が来ることがあるんですよね。これまでの小さな成長を思い出すと、今回もきっと、その途中なんだと思えてきます。

だから私は、感情的に怒鳴るのではなく、できるだけ具体的に伝えるようにしています。「こうされたら、お友達は痛いし、びっくりするんだよ」と。すぐには無理でも、伝え続けることをやめないでいようと思っています。

おわりに

うれしい変化と、頭の痛いトラブルが、同じ時期に一気にやってくる。問題児(と呼ばれがちな)息子の子育ては、本当にジェットコースターみたいです。

でも、「お母さんバイバイ」と手を振ってくれる子がいて、「一緒に帰ろう」と誘ってくれる子がいる。その事実は、ちゃんと残ってる。トラブルがあっても、それで全部がゼロになるわけじゃない。

トラブルはトラブルとして向き合いつつ、息子が"自分で止める力"を育てていけるように、私もそばで見守っていこうと思います。

同じように、わが子の「じゃれ合いが誤解される」場面にヤキモキしているお母さん、お父さん。うちもですよ。一人で抱え込まずに、一緒に、気長にいきましょうね。

はなより